あなただけのラブストーリー
セカンドチャンス 第3話
「うん、わかった……。またうちで待ってるね」
育美は携帯を畳んで、またひとつため息をついた。このところため息をつくのが癖になってしまっている。自分らしくない、と育美は自嘲する。何よ、男のことくらいで……。
「育美先輩、今日も彼氏来るんですか?いーなあ、ラブラブで! あー、あたしも恋愛したい!」
向かいの席の後輩がいたずらっぽい目でこっちを見ていた。いつもなら「そーよ、モタモタしてるとあっという間にアンタもアラフォーよ!」とでもやり返してやるところだが、今日の育美はとてもそんな気になれない。
なぜなら、今日誠と会ったら言おうと思っていたからだ。
「もう、やめよう」と。
定時に退社すると、育美はいつものように夕食の買い物をして部屋に戻った。いや、いつものようにしよう、と心がけていたら、いつもよりたくさん食材を買い込んでしまっていた。まるで何かのお祝いみたい……と皮肉に思いながら、育美は調理に没頭した。誠は言葉通り、8時過ぎには育美の部屋を訪れた。普段はなかなか12時前には帰れない多忙な誠にしては、とても珍しい早めの帰宅だった。
「おお、今日は凄いごちそうだね。誰かの誕生日?」
笑いながら誠は食卓についた。
夕食は和やかな雰囲気で過ごした。共通の友人の話題で大笑いし、テレビのお笑い番組に「くだらない」と文句を言い、またどこかで地震があった、というニュースでは不安を口にする。育美が用意したいつもより多めの夕食を、旺盛な食欲でキレイに平らげる誠を見ながら、育美は改めて実感した。ああ、自分はこの人を好きだ、と。
でも、それも今夜で終わりだ。もう自分は決めたのだから。
食卓を片づけ、コーヒーを入れてリビングに移動すると、育美は姿勢を正して座り直した。
「あのね……」
誠が育美の言葉を遮った。
「育美が最近イライラしてることはわかってるよ。それで、もしかしたらもう別れようと思ってるんじゃないかってことも。それを言おうとしてたんだろ?」
「え……?」
まさか誠からそんな言葉を聞くとは思っていなかった育美は、意表をつかれて誠を見返した。
「オレも悪かったとは思ってる。いまの関係が心地よくて、ついダラダラとしちまった。でも……」
誠はコーヒーに口を付けて、改めて身体を育美に向けた。
「両親に会わせた日のことは、実はオレ、わざと育美に秘密にしてたんだ。ごめん」
「え、どうして……?」
「ああいう席で、かしこまって外向きの顔を見せるよりは、普段通りの育美をうちの親に見てもらいたかったんだ。年上だってことや、一度
結婚したことがあるってこと、育美が引け目に思ってることはオレもわかってるけど、そんなことはどうでもいいんだ。オレは普段の育美が好きだし、きっとうちの親もわかってくれると思ったし」
「誠……」
誠はちょっと照れたように笑った。
「それで、うちのおふくろから、これを育美に渡してくれ、って言われてるんだ」
誠は、かばんから古いビロード張りの小箱を取り出した。
「これ、おふくろがばあちゃんから受け継いだ指輪。ホントはオレ、婚約指輪のために貯金してたんだけど、おふくろがぜひこれを育美さんに渡してくれ、って言うからさ。貯金は結婚指輪の方に取っておくよ」
小箱を開けると、ちょっと大ぶりのチェリーピンクのルビーが収まった、立派な指輪が現れた。いかにも代々受け継がれてきた、という風格に溢れている。
「育美、これを受け取ってください。そしてオレの嫁さんになってください」
――あれ、なんでだろう? 指輪が見えなくなっちゃった……。
こんなベタな大逆転なんて、ちょっと悔しい。そう思いながら、育美は涙を流しながらただうなずくのだった。
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