あなただけのラブストーリー
懐かしい視線 第3話
全て隆也の方から横浜にやって来ての、深夜の1時間きりのデートだった。 1時間だけふたりでおしゃべりして、きっちり帰っていく。 そんな隆也が申し訳なくて、どうかやめてくれと頼んだこともある美紀だったが、やがてその日が来るのを心待ちにするようになるまで、そう時間はかからなかった。
1ヶ月が過ぎるころ、美紀はかねてから思っていた疑問を口にしてみることにした。
「隆也さんって、石橋を叩いても渡らない慎重な性格だって自分で言ってましたよね。でもホントはすごく情熱的な人なんじゃないですか?」
隆也はちょっと照れ臭そうに笑って、こう応えた。
「確かに、美紀さんとのことで僕は石橋を渡った気がします。でも違うんです。今回だけは、僕は石橋をスキップで渡ってるんです。こんな気持、生まれて初めてなんですよ!」
そのとき美紀の脳裏に浮かんだのは、こちらに向かってうれしそうに駆け寄ってくる、かつての愛犬の姿だった。
――やっぱり似てる。
思わず吹き出しそうになりながら、美紀は隆也の手にそっと自分の右手を重ねた。
ふたりは新宿の雑踏の中にいた。美紀が週末に休みを取って、初めての昼間のデートだった。
信号待ちで立ち止まったふたりは、どちらからともなく手を繋ぎあっていた。
「そうだ、美紀さん」隆也が前を向いたままで言った。その瞬間、隆也の左手にぐっと力が入る。
「今度、ふたりで温泉旅行に行きませんか? もし休みが取れたら……」
「うん、連れてってください」美紀は自然にそう応えていた。
うれしそうに笑う隆也の目を見つめながら、この人と一緒に生きていきたい、と美紀は思った。その目はどこかで見た愛犬のものではなく、生涯を共に過ごす伴侶の頼もしい目だった。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
ふたりは手をつないだまま、人ごみの中に歩み出して行った。
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