結婚相手に求めるべきは「スペックの高さ」より「だらしなさ」である(後編)

結婚相手に求めるべきは「スペックの高さ」より「だらしなさ」である(前編)では、過去にお付き合いした、ハイスペ男性の生活習慣や価値観の不一致について説明いたしました。
後編も引き続き、詳しくみていきましょう。
目次
だらしなさの許容範囲が広くても譲れないものはある
だらしなさの許容範囲が広い人とは、生活する上で衝突が少なくなります。
ただ、どんなにだらしなさに寛大でも、許容範疇なのに「それだけは許せない」というピンポイントな例外を持つ人が殆どです。
世の流れに対する許容範囲が広く、平和だろうと荒れていようと柔軟に対応できる人でも、なぜか「キャッシュレスだけはダメ。自分は現金払い主義」との考え方を頑なに改めないとかですね。
個人的な例ですと、「風呂に入るのは毎日ではなく気付いた時だけ」みたいな「どちらかというと汚い男性」とお付き合いしていたころ、「どうしても許せないこと」をやられたことがありました。
すでに申し上げましたが、私は汚部屋人間なので他人の汚さへの許容範囲は広い方です。
ベクトルの方向は違えども、彼とは汚さの許容範囲が似通っていたため、一緒にいて快適でした。
しかしある日、私の部屋に遊びに来た奴は、靴下を履いたままベッドに上がったんです。
その行為は私のピンポイントな「それだけは許せない」でして、ベッドに腰掛ける程度なら全く問題ありません。
ただし、靴下がマットレスに付着する体勢をとられたら、もう気分は最悪です。
汚ぇだろ! いや、シャワー浴びない限り外を出歩いた時点で全身汚いものだとは思いますが、靴下だけはどうしても許せないんだよ!!
ベッドの上で靴下着用のまま体育座りをしている彼に「靴下脱いで」と言うと、彼は怪訝かつ不思議そうな顔で私を見つめながら渋々素足になりました。
その足の臭さが尋常じゃなかったからではなく、「『汚さへのだらしなさ』が近いのは良いけれど、この人は私の『それだけは許せない』を理解しないだろうから未来もない」と判断したのが切っ掛けとなり、お別れしました。
余談ですが、私はその数年後、「洗濯に柔軟剤を使う奴は人間ではない」と罵ってくるような人と結婚したのですけれど、因果応報だと思いつつ無視して柔軟剤を使い続けています。
結果ハイスペだろうが生活習慣や価値観が一致しないと地獄
結婚する(したい)相手がハイスペックなのは、確かに利点です。
しかし、何ひとつ不満のない結婚生活を送っている夫婦は恐らく0%であり、その理由の大半は「一緒に住んでいるうちに相手の存在がウザくなってきた」でしょう。
「ウザいな」を「まぁいいか」に変える力が強いのは、「相手のスペックの高さ」よりも「だらしなさの許容範囲の近さ」であると、過去と現在を顧みて、私は強く思います。
ぜひあなたも、「自分と同じくらいだらしない男性」を見つけ幸せな結婚生活を送ってくださいね。
柔軟剤ごときで人間性を否定された際はワザと生乾きで臭う服を相手に着させ「クセェ」と罵り折り合いをつける……例えばそんな、「幸せな結婚生活」をね。